2012年02月01日

「一人置いて」の人、川勝正幸さん

川勝正幸さんを「タモリ倶楽部」「たほいや」の出演者やサブカルチャーに詳しいフリーライターと書いただけでは、こぼれ落ちてしまうものが多過ぎる。

川勝さんがツイッターのトレンドワードに出てきた時は、僕は嫌な予感がした。滅多に出てこない人が出てきた時は表彰されたなどの良いニュース、逮捕されたなどの悪いニュースと大体決まっていたからだ。

そしてもうひとつ、その人が亡くなった時だ。

PICT0863.jpg

僕が寂しかったのは、川勝さんが一位になった事に対して「川勝正幸なんて知らない」とツイッターで書いてる人を見たことだ。そんなの、わざわざ言わなくてもいいのに。

僕は一度きりだけど川勝さんにお逢いしたことがある。大阪の上映会のトークショー&サイン会だったが、肝心の映画が何だったのかよく思い出せないのだ。セルジュ・ゲンスブールの『スローガン』だった気がするんだけど、全く自信は無い。

「ポップ中毒者の手記(10年分)」にサインを頂く時、川勝さんはうつむいたままで「名前」と素っ気ない一言だけだったのがひどく印象に残ってる。

ネット上で、川勝さんの死に際して「ポップ中毒者の手記(10年分)」の『あとがきに代えて』に言及されている方が居たので、僕も久しぶりに引っ張り出して読んでみた。

有名人の写真のキャプションに度々見られる「夏目漱石、一人置いて、誰々」の「一人置いて」の人に自分は成りつつ有ると書いてあった。

今朝のワイドショーで川勝さんの死を全く報じなかったことや、ツイッターの「知らない」発言を見ると、確かに川勝さんは「一人置いて」の人になったんだと痛感した。

それでも、ある特定の人たち、例えば僕にとって川勝さんは「一人置いて」の人では無いことはこれまでのブログを読んでいただければ、なんとなく分かってもらえるだろう。それほど川勝正幸の熱心な読者じゃなかった僕でさえ、こうなのだ。

これは断言してもいい。川勝さんがいなければ渋谷系やセルジュ・ゲンスブールのブームは日本に生まれなかった。

「一人置いて」の道を歩くことを選び、冒頭に書いた《こぼれ落ちてしまうもの》を世間に伝え続けた川勝さんの偉大な功績は、岸野雄一さんのツイート(@KishinoYUICHI)が一番的確だと思うので、ここで紹介させていただく。

困った。とてもよくできた図書館をひとつ失った。一度でもその図書館の恩恵を受けた者は、散逸した知恵と、その使い道(ココ大事なトコ)を選り集めて、新たな図書館建造に寄与しなければ。


僕も新たな図書館の建造に寄与しようと思う。どこまで出来るか分からないけれど。多分、それが川勝さんへの最高の恩返しになるだろうから。

PICT0859.jpg

R.I.P. Mr.Woody kawakatsu
posted by 青木杉匡 at 17:57 | 兵庫 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 君にだけわかる言葉
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック